沖縄で生まれた作品を届ける。
この島の土、技術、作り手から生まれたシーサーを、その背景と一緒に紹介します。
About Shimancyu Kobo
作り手の手から生まれた一対が、誰かの暮らしの守り神になる。その間をつなぐことが、しまんちゅ工房の仕事です。
Our role
はいさい!しまんちゅ工房、店長のあらかきです。
僕たちはシーサーをただ「商品」として並べるだけではなく、誰が、どんな土で、どんな方法で作ったのか。その作品が生まれた背景までできるだけ伝えたいと思っています。
そして、お客様が「この一対を迎えたい」と思ってくださったあとも、置き場所や設置、贈り物まで一緒に考える。作り手から受け取ったものを、次の暮らしへ丁寧につなぐ。それが、しまんちゅ工房の役割です。
家業の原点、新垣瓦工場。沖縄の土と瓦づくりの現場で、ものづくりが受け継がれてきました。
Roots / Since 1950
僕の実家は、1950年創業の新垣瓦工場です。祖父が初代、父が二代目。沖縄の「クチャ」と呼ばれる黒土を使い、赤瓦や焼き物を作ってきました。
僕自身も、祖父、父、叔父と一緒に7年間、ものづくりの現場で働きました。土の重さ、窯の熱、失敗した作品を割る悔しさ。きれいな完成品だけでは見えない仕事を、そこで学びました。
「作り手から、売り手へ。」ものづくりの現場を知っていることは、今の仕事の土台になっています。
From maker to storyteller
地元の商工会青年部のネットセミナーに参加したことをきっかけに、僕は「ものづくりの現場から、まだ伝えられていないことがたくさんある」と気づきました。
作品の写真と値段だけでは、沖縄のものづくりの面白さは伝わらない。作り手が何を考え、どんな時間をかけ、どんな土地で生み出したのか。そこまで届けられる店を作りたいと思いました。
そして2005年、家業から独立し、しまんちゅ工房を始めました。
父・新垣信一。幼い頃から、職人として働く背中を見て育ちました。
What my father taught me
父はシーサー職人です。小さい頃、登り窯は僕にとって遊び場でもありました。薪で窯を焚き、眠らず番をする父のところへ遊びに行っては、よく叱られました。
当時はただ厳しい父だと思っていました。でも今、自分が作品を預かり、お客様へ届ける立場になって分かります。一つの作品を世に出す責任を、父は仕事で教えてくれていたのだと思います。
家業を離れた時、誰より応援してくれたのも父でした。だから今も、父をはじめ沖縄の作り手と出会うたび、僕自身も身が引き締まります。
Since 2005
沖縄が好きな方。故郷を離れて暮らすうちなーんちゅ。新しい家を建てた方。大切な人へ守り神を贈りたい方。店を続けるほど、シーサーの向こうにたくさんの人生が見えるようになりました。
僕たちが作りたいのは、ただ「売れる店」ではありません。沖縄で黙々と作品を作る職人と、その作品を大切にしてくださる方が出会える場所です。
店頭でもオンラインでも、作品を迎えてくださった瞬間から、そのシーサーは工房のものではなく、その家の風景になっていきます。お客様から届く設置写真を見るたび、「この一対はここへ行くために生まれたんだな」と感じます。
Our philosophy
人生には、嬉しい日もあれば、大変な日もあります。シーサーがすべてを避けてくれるとは言えません。それでも、変わらずそこにいて、家族の「いってきます」と「ただいま」を見守る。苦しい時には、もう一度前を向くきっかけになる。僕たちは、守り神をそんな存在として届けたいと思っています。
しまんちゅ工房 店長 あらかきThree promises
この島の土、技術、作り手から生まれたシーサーを、その背景と一緒に紹介します。
工法や素材だけでなく、誰が作り、何を受け継いできたのか。作品の後ろにいる人まで伝えます。
置き場所、固定方法、贈り物。購入して終わりではなく、守り神が暮らしになじむところまでお手伝いします。
Know more about shisa
長くこの仕事を続けるほど、「なぜ?」が増えてきました。シーサーはどこから来たのか。なぜ屋根に置くのか。種類はなぜこんなに違うのか。しまんちゅ工房では、歴史や文化についても継続して調べ、発信しています。
作品選び、置き場所、贈り物まで。気になることがあれば、お気軽にご相談ください。