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はいさい!(こんにちは)しまんちゅ工房
店長のあらかきです(^^)


左の写真は私の父です。


父も祖父も瓦製造を行うかたわらシーサーを制作して
いました。


私も赤瓦を制作する職人時代があったのですが、

[作り手の気持ちを理解できる売り手になろう!」


と決心して家業から独立して販売側になりました。

販売側になってわかった事があります。


職人さんのこだわりは、声を大にしたり、文字にしないと
買い手の皆さんには「上手く伝わらない」という事です。


特に頑固の職人さんは、モノづくりに対しての姿勢や
考え方は気軽に教えてくれません(^^)

何度も通って、作品を購入して尚且つ、
お酒もはいって(笑)


職人さんに「聞く」ではなくて「聴く」

ではないと頑固で、
この道一筋の職人さんからは、
作品に対する想いを伺う事は出来ません(^^)


でも、買い手の皆さんは
「ここが一番知りたい!」と思うのです(^^)


ご安心ください。


当店では、

職人さんと皆さんの架け橋であり続ける為に

今日も職人さんに敬意と感謝をもって
作品に向かいます。


そしてその作品を細かく皆さんにお伝えしていきますね。






   
 

当店では、僕がときめいたシーサーを取り扱っておりますが、父の作品はやはり格別です(^^)

きっと親子のDNAがざわざわするんでしょうね(^^)

なので、父の作品ページだけはボリューム満タンでお伝えしていきますね。

毎日顔を合わせますので、また父の作品は僕だけしか販売を許されていません。

それは父の作品に対する想いを僕が一番理解しているという事と、親子だからです(笑) 
これ以上の理由はありませんね(^^)


また、父は完全手作りという部類にはいるので、数も多く作れませんし、父も65歳になりますので、
自ずと制作個数にも限りがあります。


特にこちらで紹介する作品は、高さが70cmもある今ある作品の中で最大になります。



また父もこのサイズは作らないと明言していますので、この高さが最大にして最後の作品となります。


ですので、僕としては販売せずに残したいのですが、父は職人で芸術家ではないので、
仕様されて初めて喜びをえる職人です。


この価格でならということですので、高額ですが自信をもってお届けいたします。


ごゆっくりご覧ください(^^)

 
 
 
シーサー職人新垣作 韋駄天写真01
シーサー職人新垣作 韋駄天写真02
シーサー職人新垣作 韋駄天写真03
シーサー職人新垣作 韋駄天写真04
シーサー職人新垣作 韋駄天写真05
シーサー職人新垣作 韋駄天写真06
シーサー職人新垣作 韋駄天写真07
 
 

全高約70センチある大物です。

金剛の名に相応しい堂々たる体格と風格。

沖縄県内でも、60センチを越す大物を製作する人もわずかとなってきました。


これには、わけがあります。戦後の窯は登り窯という窯が主流でとても大きな窯でしたが、
現在では、ガス窯からさらに移行して電気窯が主流になりつつあります。


電気窯は、家庭の電圧でもできる小型のサイズからありますので、自宅で気軽に陶器が楽しむことにができます。

その電気窯ですが、内寸のサイズ60cmを超えると個人で所有できるのは難しいほど価格も変わってきます。

70cmを焼き上げるサイズは、内寸にして1メートル以上ないといけませんので、その窯があるという事と、

そして一番の理由は、失敗が多いという事です。

 
 
 
シーサー職人新垣作 韋駄天 右後写真01
シーサー職人新垣作 韋駄天 右後写真02
シーサー職人新垣作 韋駄天 右後写真03
シーサー職人新垣作 韋駄天 右後写真04
シーサー職人新垣作 韋駄天 右後写真05
シーサー職人新垣作 韋駄天 右後写真06
シーサー職人新垣作 韋駄天 右後写真07
 
 
これだけのサイズになりますと土選びも重要ですが、

土から空気を抜かないと焼き上げる時にはじけてしまいます。


特に沖縄のクチャ(黒土)には石や鉄分が多く含まれていますので、焼き上げ時にはじけてしまいます。


また乾燥中にも内部と外部の乾燥段階が大きくずれてきますので、

乾燥も慎重に長いスパンをかけてじっくりとそしてメンテナンスも行わないといけません。


ですので、大きいサイズの注文時には、ほとんどの職人の皆さんが、
一対の注文にたいして二対は最低でも制作していきます。

どうしてもヒビなど入ってしまう恐れがあるので、保険にもう一対を制作するのです。

特大という事はその分高額ですが、その分の情熱と時間と手間をかけているのです。

 
 
シーサー職人新垣作 韋駄天 左後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 左後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 左後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 左後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 左後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 左後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 左後写真
 
  そんな特大サイズを制作した父ですが、昭和25年生まれで、皆さんもそうだと思うのですが、この年代の人達って

ほんとに頑固です(笑)私はお笑い番組とか好きなのですが、父は「意味がわからん」と言って一蹴します(笑)

その父の父は、更に頑固で笑っている顔をあまり見たことがありません。


祖父は軍人で、戦中も戦後もたくまくし生き、私達に命を繋げてくれました。


この二人に共通している事は「苦難の道」を歩いてきたことじゃないでしょうか。

もちろん今を生きる私達にもそれぞれに苦難があります。

でもあの時代は、時代が用意した全ての国民に与えられた共通の苦難がありました。

それは、戦時中と戦後復興だと思います。もちろん戦時中の過酷さは、戦後の復興とは異なりますが、
しかし日本中の皆さんに共通した苦難という点で 同じだと思うのです。


モノがない時代に生まれモノをつくる。


必要とされているモノを必死に制作していく。

それは現在の苦難とはまったく異質であった事は想像にかたくありません。

そんな父をもつ父ですので、同じように頑固ですが、祖父の頑固さとは違いました。

モノがない時代からモノがあふれる時代にはいり、モノすべてが必要ではない時代ですので、

モノ自体に意味を見出すようになったと思うのです。

父はそんな時代に「シーサー」とはなんであるのか?
「シーサー」を作る意味を考えました。
 
 
 




 
 
父がたどり着いた答えは「魔除け獅子」です。

本が大好きな父は、シーサーの歴史もかなり詳しく、またこの国の歴史、世界史も強くたくさんの事を学んでいます。

所有する本は、300冊以上。町にある図書館のほとんどは読破したというくらい本の虫です。

また実践家でもありますので、

創業60年の瓦工場を営みながら町の議員を23年、町長を5年務めました。


そんな父がなぜ政治をやめ、工場の経営を弟にまかせシーサーを制作するようになるのか。

すみません、「魔除け獅子」の説明の前にそもそも、なぜ父は「シーサー」

を制作するのかそして、そのシーサーは「魔除け獅子」なのかをご説明いたしますね(^^)
 
 
 





■大きな事故
   
 
私が中学3年生の頃です。

学校から自宅にもどると、いつもは祖母や母が家にいるの
ですが、その日は誰も居なく祖父から「父が緊急に入院した」
と告げられました。

一家の大黒柱の突然の悲劇に長男の私は、「弟と妹の為
に学校を辞めて働かないといけない」とひとり腹を
くくった事を覚えています。

ですが、その覚悟は父の前では勇み足でした。
   
   
  ■右腕切断
   
 
父は、35歳のときに新垣瓦工場の二代目を就任し、
その後規模を大きくし県内では五本の指にはいる
赤瓦工場へと成長させてきました。

瓦の生産に追われるあまり、ドレンキという土を細かく練る
機械に利き手の右腕をはさまれたのです。

腕の皮一枚で繋がっている状態で、緊急に手術をした
担当の先生からは、「腕がくっつくだけでも奇跡、

元のよう に動くのは無理」だと宣告されたそうです。
   
   
  ■不屈の精神
   
  しかし父は、その言葉をもろともせず「右手がだめなら、
左手を利き手にする」そんな強い信念で、

過酷なリハビリに向かいます。

運動オンチな母は急遽、運転免許を取得し、毎日父を
リハビリセンターへと送迎しました。

そんな母や家族そして新垣瓦工場の従業員に励まされ
父は見事奇跡の現場復帰を成し遂げます。
   
   
 




   
   
 
■逆境を跳ね返す力
   
 

大事故に遭遇した父ですが、その時の事故で保険会社
からいくらかお金が下りたそうです。

私ならその時のお 金をリハビリ後のもしもの為に
貯金しますが、父はそのお金を呼び水に家を
新築してしまいます。


「災い転じて福となす」という言葉がありますが、
まさにその通りの所業をやってのける人です。


ただ、たくましかった右腕もさすがに以前のように
筋力は回復せず、瓦やレンガ・タイルなど重い製造過程
を以前のようにはできず、

その時に初代の新垣 菊信から「瓦の製造ラインは
工場長に任せてシーサーでも作ってみないか?」

「お前なら凄いシーサーを作れるはずだから」
と言われたそうです。

ですので、きっかけは大きな事故だったのですが、
その事故を超える不屈の精神が日本一の魔除け獅子を
誕生させるのです!!!!

※勝手に私が日本一の魔除け獅子と呼んでいますが、
本気にそう思えますし、断言できます。


父の作品を見て「魂が入っている」と購入者様から
よくご感想を頂きます。

その意味は作り手の意志と制作過程にあります。

   





   
 
シーサーの原料はもちろん土です。沖縄でしか取る事が出来ない土。

主に本島南部を中心にある粘土状の黒 い土です。

クチャはもともと海底に堆積した粘土なので、貝の化石やサンゴの死骸を多く含み、
また炭酸カルシウムやミネラルを豊富に含んでいるので、

焼き物の素材としては難点がたくさんあります。


そのひとつに炭酸カルシウムを多く含んでいるので、窯の温度や乾燥状態では、
時にきれいな赤色を出すこと が難しくまた、化石や細かな石なども含むため、
割れるなど焼き物としては致命的な問題を抱えています。


父の作品は、県内では最も装飾が細かく、洗練された技法を持ちうるので、このクチャ(黒土)はをもちいず、
日本六古窯のひとつで有名な信楽焼の陶土を使用しています。


しかし、上質な土でも丹念な成土技術がなければ窯で焼き上げてもヒビや破損など、高度の土の見極め方が
必要です。

父曰く「最も大切なことは土を知ること」幼い頃から祖父の手伝いをしていた父は、

50年の豊富な目と経験から土を見極めています。
   
   
 
■成型
   
 






良くお土産品店などで手作りシーサーと表記されて
いますが、

半分以上は県内で制作されたモノでは
ありません。


また、そのほとんどは一度型で成型して細かな装飾は
後でほどこしています。

機械を一切使わない、それも手作りなのでしょう。

しかし、父の作品は一切型や電力を使わず、

完全なる手仕事でシーサーを成型していきます。

この技法をテビネリと呼びます。


最小限の土で製作 していくそれは、
土を知るものにしかできない業。


ひとつ、ひとつの作業を土と会話をし、そして
シーサーがただの獣ではなく神となるように精神を
穏やかに集中して宇宙を築いていく。


並外れた忍耐と集中力が求められます。

ものづくりとは、無から生み出す。


まさに魂がやどる 工程を土で描いているのです。

高さ30cm中型クラスのシーサーを成型するまでに
一週間を費やします。

父は静かな夜を好んで製作しています。


それこそ夜の魔を跳ね除け一心不乱に守り神を
製作しているのです。


何度か父の製作する場を見ていますが、声もかけら

れないほどの集中と緊張感なのです。
 





 
 
 
■自然乾燥
 





 
 
成型後、窯にいれるまでに自然乾燥を行います。

十分な乾燥ではない場合、含まれていた水分によってひび割れの原因にもなります。

乾燥の間にも毎日かかさずシーサーの状態を見守ります。


「作品には作り手の哲学以上の魂は宿らない」
そう言い切る父は、

たくさんの事を学ぶために所持している書籍 は300冊以上、

趣味は読書で、政治を引退した後は図書館に通い(町の図書館はほとんど読破したので、

県の図書館にいっています(笑)、最近は古事記から、源氏物語まで幅広く読んでいます。


父と少しでも哲学や歴史の話題になると大変です。二時間は覚悟してください(笑)

今でも現役の町の議員さんが父の元へ訪ねては、人生観や政治学を学びにくるほど、

父は思想家でもあり哲学者です。


そんな父が本を読みながら、 毎日その時が来るまで見守ります。

特大にもなると自然乾燥は4か月以上を要します。
   
   
 
■焼締める
   






 
 
窯で1,200度。

土は良質な信楽土なので1,200度 素焼きとしてはギリギリの温度で焼き上げます。

それはまさに「焼締める」高温の火を閉じこめるのに相応しい限界の温度です。

通常の赤瓦やレンガ等で約1,000度ですからその温度は割れる寸前の限界値。

土を見極められる父だからだせる火の極限です。


窯はその時の湿度・気温・微妙な空気を読み時間を設定していきます。

およそ17時間かけて焼締めます。
 
 
 
■窯だし
 





 
 

焼き物を製作するすべての職人がそうではないでしょうか。

一番胸が高鳴る瞬間。

窯を開けるときなのだと思います。

これから守り神としてこの世に生まれたシーサー。

実は、 父は魔除け獅子がいらない世界を願い製作しています。


作り手として不思議な胸中だと思います。

私には計り知れません。

シーサーがいらない世界を願いながら、 シーサーを製作する。


父とその作品にしか分かる事のない窯だしがここにはあります。


大きな事故がきっかけで、シーサーを制作するようになった父。

当時の事を振り返りながら父が私に話した言葉があります。


「あのケガのおかげで、両手でシーサーを製作できる。

その事に感謝し日本一の魔除け獅子シーサーを製作する。」



実は、手術後お医者さんから元のようには動くことは出来ないと言われた父は、ならば、利き手を左手に変えるだけ!

と言い放ち、左手でも食事をしてモノを書くようになるまで訓練しました(笑)


尚且つ右手も依然の8割程度回復させてしまいました(笑)

この文を書いていて長男の私でもほんとに凄すぎて面白く思えてしまいます(笑)


とにかく、精神力が強く、また家族を想う気持ちはほんとに強く。

そしてこの国を世界を愛しすぎていつも憂いでいます。

そんな父が、世界の平安を祈念して制作するシーサー。


つまりシーサーがいらない世界を願って制作しています。

皆さんも家族を大切に想うからこそ、あるいは大切に守り続けたいモノがあるからこそ、

シーサーを購入されるのではないでしょうか?


皆様に素晴らしい獅子との出会いがありますように私も心からご祈念いたしております。

 
 
 
シーサー職人新垣作 韋駄天 後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 後写真
シーサー職人新垣作 韋駄天 後写真
 
 
創業60年の新垣瓦工場二代目が追い求めた魔除け獅子としての至極の一品。

金剛特七拾は、今現在父の作品としては最大級のサイズとなります。

またこのサイズが残り一点となります。


写真の作品がお手元に届きます。
 
 
 






 
 
細部までこだわった造詣は県内では他に類を見ない繊細さであり、魔除け獅子としての誇りも見られます。
 
 
 
 



■購入の前に

こちらの作品は左後ろ足に、ヒビがありますが、
作家新垣信一の手で完治しております。

その他にも焼き物の性質上細かなヒビが
ございますが、
魔除け獅子として誇りをもって皆様へ
ご紹介しております。

その事をご理解のうえご購入下さい。

 
 
   




■金剛特七拾 作新垣信一

サイズ
高さ約68cm 横幅約31cm 
奥行き約55cm



価格756,000円

(税込・送料込み)



対  


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■当サイトでご紹介しています作品は
すべて一品ものですので、写真の
シーサーがお手元に届きます。


こちらは、ラッピング等はお受けできませんの
でご注意ください。
     
   
写真をクリックすると拡大されます。
 
 
 
 
千年前も
家族を想う
気持ちは同じ
だから、
今日まで
獅子文化は
続いてき来ました。






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沖縄を知る・伝える・創造する! しまんちゅ工房:沖縄県与那原町字上与那原364−1 電話/FAX 098-946-3035 代表者 新垣 信人
                   

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